June 08, 2014

雑穀の残る暮らし

二月十六日、西荻窪のかがやき亭で行われた地域の大人塾でお話しさせて戴いた「武蔵野うどんをとおして考える農と食卓」に資料を提供して下さったフィールド・ワーカー(民族植物学・人々と植物の関わり)川上香さんの「雑穀の残る暮らし」というイベントに昨日行ってきました。

 東中野から徒歩5分ほどのSoleil(ソレイユ)というフレンチのかわいいお店です。雑穀を使ったランチを戴きながらお話を伺いました。

 お話は長野県遠山郷(旧上村、旧南信濃村)、静岡県静岡市葵区井川(旧井川村、旧田代村)、山梨県早川町を中心とした雑穀の残る暮らしです。かつては平地武蔵野、我が家でも雑穀を栽培しており、両親が「こどもの頃、雑穀の入った弁当を持って学校に行くと、もう周りは白米で恥ずかしい思いをした」とよく聞かされていました。武蔵野うどんのお話の際に昔の食事を聞き取りました。当時(第二次世界大戦中、戦後間もなくまで)食べていた雑穀飯はおおよそ大麦とモロコシの入ったものだったそうです。

 武蔵野台地は河川周辺などの一部を除いて稲作に適さず、麦を栽培していたことから物日(行事のある日)にうどんを打って食べる習慣が根付いていました。でもうどんも作るのには手間がかかり、日常は雑穀飯を食べていました。雑穀はコメや麦と違い、穂のままで置くと何十年でも持つそうです。麦も採れない天候不良の時には命綱だったはずです。

 いまは健康にもよいと人気の雑穀。戴いたランチもとても美味しかったのですが、「モロコシの餅なんて冷めたらとてもじゃないが不味くて食べられない」など、父の世代には貧乏のイメージで語られます。平地の農業をやるものにとって、とてもとてもまね出来ないと思われるような農業と暮らしに、厳しさと共にタフさ、自然と暮らす人間らしさを力強く感じて帰ってきました。

 川上さんのブログ

Cafe穀雨 農と食と人のこと

 どうぞご覧ください。

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April 15, 2011

鶏夫婦

春の雛を買いに草加へ行ってきました。後藤孵卵場関東営業所です。

「杉並でしょ。オス大丈夫?」

電話で何回か声を伺っているけれど、以前、お世話になっていた方とは違う男性(社長さん?社員さん?)が心配そうに聞いて来た。正確正直な答えは何かなあ、と頭をめぐらしつつ、「昔、放し飼いにしていたときには隠れて雛を孵してしまってオスが沢山生れ、ご近所からクレームを戴いたことはあります。」(確か十数年前)「ただ最近はそういうお話はないです。」

「それにオスがいるとメスが落ち着くような気がするので」と言うと、

間髪居れずに「そうなんだよね~!!」

あ・・~~よかった!やっぱりそうなんだ。なんとなく感じていたことは確かだったんだ。鶏の世界も人間に負けず劣らず、いろいろな感情が渦巻いているように見える。動物的(当たり前だけれど)で直情的な分、しっとや欲求不満も激しい。(抑制がないのでしょう。)だから安心していられる環境だとメスの落ち着き方が全然違う。反対は悲惨だし、オスの鳴き声より、メスが騒いだ時のほうがとんでもなくうるさいのだ。

鶏が落ち着いて暮らすには平飼いしているだけではだめで、餌に満足して、水が適切で、環境に満足して、健康で愛があってハッピーでいる!なかなか難しい。時々人間のほうがグロッキーするときがある。

メスは廃鶏にしても、慣れたオスをずっと置いていた。その方がオス同士競り合って鳴くのに、すでに分かり合った相手だから、騒がしさが少しはちがうだろうと思っていた。でも誤算あり。メスは若くて花盛り、オスは・・・かなりお疲れ気味。の、結果。メスのストレス指数が上昇。オスは可哀想にぼろぼろに。わかりました。やっぱり雌雄は生涯を共にしなきゃ、です。愛情だって結構深いんです。

もう鶏飼いをして二十年近く経つのに、鶏を日々観察しながらも作業的にこなしていた部分が、近頃は瞬間瞬間に動物の「心」に触れてしまってめまいすら感じる。でもそれが真実の姿?なのだから、それなりの心があるということを知ってしまった以上、知らないことにもできない。

大震災の後、ニワトリ達は怖がって荒れてなかなか元に戻らなかった。私は鶏舎にいなかったから、その時、どうだったのかはわからないが、パイプハウスの鶏舎の中仕切りの扉が開いてしまっていたから、ガシャガシャと大きな音を立ててぶつかったりしたのではないかと思う。小さな足で揺れる地面をどんな風に感じたのだろう。

とにかくまた雛たちが少しでも幸せでいてくれるよう今年もがんばろう!
そう思って春の育雛スタートします。

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April 06, 2011

東日本大震災から

東日本大震災により被災されました方々に深くお悔み申し上げます。

あの日から心の中でいろいろな事が変わりました。
まだまだ整理はつきませんが、もし農業ができなくなったらということを考えた時、築き上げてきたもの、受け継がれてきた想い、目の前の鶏たち、くらくらするような衝撃でした。とても言葉に出来ないくらいの何か。
就農した頃は農業を続けることに四苦八苦して、「やめたい」「やめられない」と悩んだこともありました。いまは万が一の時、喪失感のほうが大きいようです。鳥インフルエンザに地震、原発事故と大変な年ですが、それでも出来る限りを務めて頑張りたいと思います。

地震で鶏たちもほんとうに大変でした。やっと少し落ち着いてきたようです。やっぱり怖かったんでしょうね。

今週の直売所は

菜の花、九条ねぎ、人参(売切次第)、夏みかん、卵、東京烏骨鶏卵

などです。

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April 07, 2007

鶏舎清掃記 2007.4

 今日はしばらく懸案事項だった鳥小屋の掃除をしました。なぜ懸案事項のままだったか、というと、何しろこれがとても重労働だからです。年に約2回程度ということもあり、腰を上げるまでに時間がなんとなくかかってしまいます。さらには他の仕事も忙しくなり・・・。ということで今回は思い切って友人に声をかけてしまいました。

 彼女はほぼ私と同年代ですが、農業にとても興味があります。それで「もしも鶏を飼うことになるかもしれないわけだから・・・」と言いつつ、お手伝いをお願いしました。有機循環農業に鶏は大切なパートナー。でも今日仕事を終わってつくづく感じたことには、さすがに私も40代に突入し、仕事の能率が落ちてきたということ。以前は一日で二区画半ぐらいの掃除を仕上げたのに、二人でやっとのこと2区画の土入れまででした。(チップは入れられません)彼女も終わって「山登りをしたような感じ」という感想。やることはほとんど土方仕事のようなものだからです。ほんとうにありがとう!!

 1区画17㎡ほどが4区画で一つの鶏舎となっていて、すべて土間に平飼いです。以前書いたこととおもいますが、土の上に木の枝のチップを敷き詰めています。それが半年経つと鶏糞と混ざり、すっかりカタチがなくなります。それを運び出してさらに外でチップと混ぜ、堆肥化します。その運び出しが半年に一度、廃鶏に出してから、新しい雛が45日齢になるまでの間にします。お天気もうす曇で風のないときが最適です。砂状になった堆積物を鍬やスコップやレーキなどを使って運び出し、山積みします。鶏舎の中に重機が入れられないからです。その後に出してしまった分の土を補充します。これは乾燥していないのでかなり重く、疲れが出始めた体力に追い討ちをかけます。

 初めての経験だった友人がお茶を飲むために一休み、私の顔を見て笑い出し「そのままドン・ジョバンニの舞台に出れるよ‼!と大笑い。そういう彼女の顔も、なのでした。

 それにしてもこんな作業があと20年して出来るものだろうかと、さすがに不安。一人で出来ないというより、一人だと気の滅入る作業だからです。あんまりにも大変なのでサポーターを探すのにも気が引ける仕事です。年に二回のこのときだけが特に頭痛の種。一体そのときどうしよう?

 実は去年の11月、杉並区農業委員会より品評会に出した東京烏骨鶏のたまごで表彰状を頂きました。気がつくと鳥飼いも15年。まあやっと一人前になりつつあるかなというところで、嬉しい出来事でした。みなさま有難うございました。先日は自然卵ネットワークの「自然卵通信」にも寄稿させていただきました。
 めげることもありますが、とにかく地道にがんばります。

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July 23, 2005

早く修理をしなくては・・・(^^ゞ

 鶏舎の写真を見ていただくと分かると思いますが、鶏が歩き回る地面は土間、剪定チップをひいた土のままです。鶏舎は単価の安い卵のことを考えて、できる限りローコストで作ります。そして作りやすく。でもやっぱり5年も経つと、あちこちの修理もより大掛かりなものが必要になってきますね。
 ここのところ、全く毎朝鶏舎に行くたびに様子が変わっているのです。餌を上げたり、卵を拾ったりするための管理用通路に時には一羽、時には2羽、そしてあるときは・・・。烏骨鶏のメスのお行儀の悪いのが行ったり来たりを覚えてしまい。人の顔色を見てはやっています。どうせ捕まえようとするとギャーギャー言うので知らん振りをしていると、平気の平左。まったく子供がいたずらをするのとそっくりではないかしら?あーあ。

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キャー!地震

 7月23日 午後4時35分 頃、
びっくりしました!久々に突然の大きな地震でした。偶然、私は鶏舎の目の前にいて最初の数秒の後、ずさささ・・・鶏たちがにわかに後ずさり!!! な、ナンダ、ナンダ??? 今回の地震は立っていても分かるような揺れ、不思議なのは家の中は全くそのままだったこと。無事でよかったからですが、鶏たちのあんな反応を初めて見ました。でもさすが?うちのにわとりたち、予兆も何にも無く、全く鳴かず。う~ん、肝が大きいのかそれとも??

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January 28, 2005

卵磨き

このお話、「面白い」と思っていただけますかどうか。

私のところは100羽程度しかいない小さなところなので、卵は毎日手で磨いて箱詰めします。”手で磨く” なんとなくこの言葉が定着してしまったのだけれど、作業としては布で砂ホコリを落とす、そしてときどきこびりついた汚れがあったときは軽くサンドペーパーでこすります。あまりきつく磨きすぎてもいけなくて、卵表面のクチクラ層という保護膜を出来るだけ落とさないようにするのです。

毎日必ず、する作業。ただもくもくと ”無心” になって磨きます。この時間は不思議で30分から40分くらいはかかっているように思うのですが、次第に瞑想をしているような不思議な感覚になってきます。
ところが! ” がしゃっ ” たまにヒビが入っていた卵が割れると! 一瞬、衝撃が走ります。とにかく心臓に悪い気がするくらいです。ショックでしばらくぼーっとします。

実は11月に法政大学の社会学のゼミの学生さんがこの卵磨きを体験しました。” がしゃっ ” !!! きっと彼はそのときのショックをしばらく忘れないと思います。なぜこれほどにショックを感じるものなのでしょう?大切な卵と思って磨くから?無心になっているから?小さな宇宙が壊れてしまったような・・・なんだかそんな気がするのかもしれません。

今日は私も手の中で卵を割ってしまったので、こんな話を書いてみました。おそまつさまでした。

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January 04, 2005

1月4日の想い

あけましておめでとうございます。
大きな天災など心痛む出来事の多い日々ですが、自然の力の前に、あらためて人間の小ささを思い知らされ、謙虚な心で歩まなければと思う今日この頃です。自然と人間との生活は時代が進んでも、やはり切り離すことのできないものですね。去年は鳥インフルエンザが発生しましたが、自然の恵みを頂くことに、人間勝手な発想ばかりに陥らないよう気をつけたいと思います。
 さて今年は酉年、年賀切手もにわとり、あちこち鶏!で自然ウキウキしてしまいます。「ことしはヒトにもトリにもけっこうな歳でありますように」という年賀状を頂いて、ほんとうにそうあってほしいと思いました。
みなさま、ことしもぜひよろしくお願いいたします。

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November 15, 2004

地震の影響?

今日、お客様のところで不思議な話を聞きました。静岡のとあるところの鶏たちが卵を産まなくなったというのです。(産卵量が減ったという意味です)それはニュースのお話ではなくて、知人のところのお話なので、「もしかして他のところでもそういうことがあるのだとしたら?」と思い、日記に書いてみることにしました。 地震の影響? そう確かにもしかしたらそうなのです。でも私のところの鶏たちの場合、ちょっとはっきりそうと云えない理由があるのです。というのもその前後、私の不在代理で鶏たちの世話をしてくれた父が、知らず餌を節約しようと、麦を製粉したときの残りのふすまを餌に多く混ぜてしまったからです。秋のこの季節、夏の体力低下を補おうと一生懸命食べていた鶏たちはちょっと驚き!?、卵の数が減ってしまいました。卵を産むだけの栄養が足りなくなったのです。ある日、私はどうもおかしいと気づきました。いま産み始めて二ヶ月の一番多く産むはずの時期に半分ほどの数しか産まないのです・・・??もしかして?私はふすまのせいだと考えました。それは全く違っているとは思いません。でも餌を元に戻しても、それほどに産んでいないように思うのです。これから自然卵ネットワークに聞いてみたいと思います。この真偽やいかに?

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August 17, 2004

夏の終わり

もうずいぶん以前になりました。木のうろなどの水溜まりに湧く“蚊”やつばきにつく“かせむし”を防ぐために、毎年殺虫剤を撒いていた頃があって、どんなにがんばっても害虫を全滅させる事はできないのに、気がつくといつのまにか、ずいぶんと蝉の声が減ってしまっていた事がありました。
生き物の生きられない環境の不自然さに薬を撒く事をやめてから、本当にたくさんの生き物が戻ってきました。あの頃の不思議に殺伐とした空気に比べると、いまは不思議と横溢した生命感が感じられるようです。


 夏の終わり

蝉がぼたっと落ちてきた

灰色の腹を上にして
バタバタと回転する
ほんのひととき、彼は動かなくなる

そっと裏返してやる


・・・彼は再び灰色の腹を上して
じっと空をにらんでいる

雀が一羽降りてきて
私に気がつくとちょっと考えながら
遠回りをし
彼をくわえて飛び去った

夏の終わりの 命の響きのなか

 

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